サンダル紀行

オタクがサンダルで家を出た結果。有象無象の記事をぼちぼち書いていく(2019/10/14-)

引越しの見積もり

今年で何回目の引越しになるか分からない。葛飾北斎よりは引越ししていないが、それでも仕事の都合引越しが多い。https://x.com/8kcdn_s/status/2017929844999483838?s=46&t=WJXnWY6THR7C7ZubYMdTqg

基本的に引越し業者はボッてくるので、相見積もりが必須であるが、"共通言語"を用いることで効率的にスクリーニングすることができる。その共通言語を用いて作成した見積もりメールを以下に示した。

 

〇〇社ご担当者様


お世話になります。
(現住所入力、マンション名含む)

5F中3F エレベーターなし 1LDK

(移転先住所、マンション名含む)
13F中13F エレベーターあり 3LDK


2/24-27 午後時間指定
3/2-6 指定無し
その他土日可能


2tショート積みきり、500万まで保証、洗濯機取り付け、 段ボール15個、 衣装ケース貸し出しで〇〇円の業者に依頼していますが、貴社で条件いかがでしょうか。 積載内容はsuumoで記載の通りです。


ネットガス電気は契約済み、ウォーターサーバー、u- next不要です。


よろしくお願い致します。

 

見積もり金額を具体的に出してくる業者もあるので、最安値の8掛けで見積もりをとりながら、この内容で送りまくる。大抵食いついてくるところとそうでないところがあり、サカイやアートでも半額以下にできる。"相当良い値段ですね"というコメントが出てくるはずなので、それが相場感ということになる。

神奈川→東京30km、3月上旬、2t積み切りの平日時間指定無しで、今年は36930円だった。

 

それなりに頑張っている会社はあるが、時期も時期なので、機会損失を考える必要がある。4万円を切り、かなり良い線行っている業者もある。この業者は4万以下で出して欲しいという要望に忠実。恐らく3万8千でも仕事を受けるだろう。

f:id:series189:20260202215008j:image

 

サカイやアートはオンラインか、訪問見積もりをする。キッチリしている分割高になり、さらにボる程度も相当になる。中小で5-6万と言われることが多い3月上旬単身引越しでも、11-12万で平気で吹っかけてくる。それで交渉の結果がこれ。

f:id:series189:20260202215617j:image

引っ越し屋の明細には何の規則性もルールもない。

安い仕事を無理に請け負うよりも"情弱"や経費勢からボる方が客単価は高くなり、商業としての成功を程度問題ではあるが高めることができる。質の高い成功に近づけるために、基本料金を安く見せて、洗濯機の取り付けや運搬中事故の保険料、時間指定料、土日指定料、等で追加料金を取るようにビジネスモデルを組み立てているところも多い。

 

 

日本人有志100人超のタイ国鉄列車貸切旅行に参加した

 

まえがき

今秋、100名を超える日本人有志がタイに渡った日本の中古車両を貸し切り、オタク活動を行った。

規模は過去を参照しても最大級と思われる。ひょんなことから参加できることになった。知り合いのオタクから連絡があり、即渡泰を決めた。

f:id:series189:20251130145223j:image
出国への軽率さに余念がないので、旅程は約1分で決定した。理解のある配偶者*1にも恵まれ、渡泰が実現した。主催幹事の関係者の皆様の企画力とオペレーションに敬意を表し、厚く御礼申し上げます。

もくじ

読み飛ばす場合はDay1へ進む。

 

出発前夜

即参加が決まった本ツアー*2であるが、当方昨年10月にも週末弾丸で渡泰しており、既にキハ183系については現地ツアーで乗車していたし、JR北海道の14系についてもマッカサンの匠の手で現地ナイズドされた姿を目の当たりにしていた。しかし今回は日本人主催とのことで新たな発見もあろうかと思われたし、何より14系については乗車しておらず再履修必須であったので、さまざまな観点で需給ベストマッチであった。2025/11/23-24にかけて開催され、23日がキハ183系、24日が14系の貸し切りであったが、無事有給も取得できたことで、勝手に前後に旅程を組んでトータル5日間も楽しめた。

11/21(金)に退勤し、前乗りとした。

羽田→関空スワンナプームと乗り継ぎ、11/22(土)からバンコク入りを果たす。

 

Day0 : 24系B寝台ヒルネ利用で行くSRT公式ダム臨

詳細は別稿を参照*3。d ticketをこまめにチェックしていたところ24系寝台車のヒルネ利用でキャンセルが出ており、偶然取れたので、メークロン市場とも悩んだが明日から開催の #2025年バンコク国際鉄オタ博覧会 に向けた前夜祭的な意味で、これでダムへ向かうこととした。d ticketのクソ重いサイトには散々苦しめられ、二度と見たくない*4。アプリはまだしも、どうにかならんのか。

ダム臨を楽しみ、なげやどとした。ファランポーンの4番線にはすでに明日の列車が留置されていた。

 

Day1 : キハ183系団臨で行くクウェー川橋梁とタムクラセー

SRT公式のツアーも一般向けとは思えないほど朝が早いが*5、負けじと5時半にはファランポーン駅に仮設ブースが出来上がっており、受付が始まった。f:id:series189:20251130145431j:image
6時には記念品や弁当を受け取り内燃機の唸り声と共に早々にバンコクを発った。ただしタイ時間はGMT+7なので、日本時間の体内時計からするとそれなりに緩やかな朝でもある。4番の頭端式ホームから窓越しにSRT公式のダム臨運用の14系を眺めながら滑り出す光景は在りし日のJR北海道の景色そのものである。f:id:series189:20251130145517j:image
退避で運転停車を繰り返しながら市街地を抜けると本来の道内特急らしく非電化の原野を突っ走る。

 

複線化工事が終わり一旦運用がなくなった北斗星色のDD51も車窓から健在である。f:id:series189:20251130145542j:image

やや不調あったようだが、2時間半ほどでクウェー川橋梁へ到着した。先の大戦における歴史的遺構を我が国固有の国鉄車が通過するという感慨深さがある。戦勝していたら本当にあったかもしれない世界線であるが、その場合は電化されていたかもしれない。

 

撮影班と乗車班に分かれ、撮影班はハイエースコミューター5台(!)に分乗しタムクラセー桟道橋の対岸へ向かう。約半数が撮り鉄とは恐れ入る。キハ183系に先行しここで数往復している様子をとらえる。

乗車班は桟道橋を徒歩で往復。往路はここで終着となる。午後にはサイヨークリゾートにて会食。

 

午後少し時間があるので桟道橋を歩く。安全設備は一切なく死人が出てもおかしくないが、貴重な観光資源として取り扱いがある点で東南アジアらしい緩さ、合理性が感じられる。経済発展の続くタイでいつ終了となるやもしれず、あと一度はまた来たいところである。

 

ここからも復路撮影班と乗車班に分かれ、カンチャナブリで合流するまでは別行動。100人規模でオーダーメイドで出来てしまうところに参加者、企画者双方のポテンシャルの高さを実感する。おそらく参加者の頭の中には”きっとこのように設計されているだろう”という共通言語があるに違いなく、旅慣れていることは財産である。

カンチャナブリでは全員降車とし、改めて側線に車を移動して、撮影会が実施された。フィルムをガムテープで固定するという古典的手法で往年の特急が再現された。非電化で空が抜けている背景も気持ちが良い。

復路の車内デッキにおいてはSRT車両基地公開の際に販売されるグッズもお買い求めいただけた。

列車は定刻でファランポーン着となり1日目が閉幕した。即刻就寝。

 

Day2 : 14系(ロイヤルブロッサム)団臨で行く貨物線・ダム

ヌル晴れのファランポーン駅からおはようございます。

 

2日目も早朝から1日が始まった。f:id:series189:20251130145948j:image
既に客車は入線済みで、記念品や弁当を受け取って車内へ入る。

 

本日は第2編成が繋がった7両編成での運行。昨夏訪問時は発車待ちをしている外観のみしか見ていなかったので、今回の訪問で内装の変わりようと、その技術力に大変驚かされた。

f:id:series189:20251130150105j:image
リクライニング機能は廃止され拡張可能なテーブル付き固定クロスシートとなった。モケットは分厚くなっている。一部座席は窓側向きないしは45°の回転が可能な椅子がついた1人用座席となっており、簡易リクライニング機能が残されている。これらの1人用座席もSRT公式団臨で発売されることがある。

f:id:series189:20251130150137j:image
列車はスクンビットのあたりまでは牛歩の様相で、線路脇のスラム街を掠めるように進んでいく。

f:id:series189:20251130150156j:image

世界のカシオ計算機が堂々鎮座している様子も確認できた。

f:id:series189:20251130150244j:image

さすがにチャチェンサオまで来ると、青森行き急行はまなす津軽線を行った思い出が蘇ってくる。東南アジア圏の原野は再現性が高い。

両端の車はそれぞれロビーカー(展望車+ビュッフェ)、個室車両となっている。ロビーカーからは後方展望が楽しめるほか、今回もビュッフェの営業があった。1杯20Bでホットコーヒーやミロが販売された。貫通扉は埋められていないが幌の設置はなく貫通路としての利用は現時点では2編成併結時も実施されていない。f:id:series189:20251130150506j:image車椅子対応便所や昇降リフトも設置され、一部の扉は両開きへ変更された。f:id:series189:20251130150453j:image
4室ある3-4人用個室も個別冷暖房とソファ、コンセントを備え、本邦でJT車として運用されたとしても十分な作りである。
f:id:series189:20251130150524j:imageロビーカーでは模型の展示が行われた。本旅行では模型鉄界隈も多くの参加があり盛り上がりを見せていた。

途中駅ではしばしば乗客自ら開扉を行った。乗客と言っても一部は本職ですらあり、客と言ってもまったくもって一義でない。
各車に独立した扉開閉ボタンがありなんと走行中でも開閉できる。意味が分からない。
f:id:series189:20251130150544j:image低床ホームが大変多いので収納式のステーが増設された。黄色押下でステーを展開しながら開扉することができ、青色押下でステー非展開としながら開扉できる。

貨物線へ入るとビハーンデーン貨物駅で停車し、QSY型機関車へヘッドマークを付け撮影会と相なった。



ダム自体は昨日も来ているので新鮮味はないが並々と湛水したダムは壮観である。本日はダム上への停車はなく、パーサクチョーラシットダム駅で撮影班が分かれ、コックサルン、スラナライと停車して列車の退避を行って、再度ダムへ到着した。

お座敷の旅路が再現された。確かにそれっぽい。

ダム周辺の観光資源が乏しいことが前日に分かっていたので、撮影オプションを申し込んでおけば良かったことはやや後悔した。オプションは全て申し込んでも良いくらい念入りに作り込まれている。またスラナライで思いがけず工臨を退避した。

昼飯を食べて、復路。

車内でのじゃんけん大会等にも余念がない(全て負け)。

フアランポーン定刻着。2日目も充実のうちに閉幕した。

 

Day3 : 24系開放B寝台で行く陸路ラオス越境と京都市バス
前述の通り実は昨年にほとんど同じ旅程でビエンチャンへ抜けている。閉幕の興奮冷めやらずファランポーンの駅前でバスを撮影。高公害のため、バンコクの1アイコンとしての終焉が近い。

Grabでシビックを呼びつけ首都高を飛ばしてもらい、アピワットへ向かう。例の如く既にフードコートは閉店し、売店で冷食と弁当を入手しておく。21時以降もしばらく発着便があるのだが、20時には店じまいしてしまい、店は豊富なのだがあまりやる気を感じられない。いくつかまだやっている売店を回り、肉まんなども頼んでおく。なかなか美味である。

かつてチェンマイ行き夜行に連結されていた24系が定期運用を失って以来、24系への乗車は団体や臨時列車に限られ乗車は難易度が高かった。ところが2023年からラオス行き国際列車の設定に伴い133/134列車に14系・24系が連結されることが決まった。これにより定期運用が復活し話題を呼んだのは記憶に新しい。本日は快速ビエンチャン行き133列車で東北線をノンカイまで北上する。

2ヶ月前時点で24系寝台は既に満席だったので無理かと思いきやキャンセル待ちで8席くらいが回ってきた。普段は24系寝台車が1両と14系座席車の2両が連結されているが本日は24系寝台車が1両増結され国鉄車は3両連結であった。

しばしばBコンパートメント風のアコモデーションとなっている車に遭遇するが、JR西車には現役時には設定がなかったことから後付けと思われ、謎である。今回は増結車が当該であった。

駅弁を食って寝る。

時間通り運行されることはほとんどないが、IRCTC(インド国鉄)のような遅れ方はまれである。大抵途中駅で10分程度のバッファーがあり、遅延は解消されることが多い。ノーンカイへはやや遅れたものの、10分程度である。

駅前でトゥクトゥクを拾って友好橋へ行ってもらう。何回も説明したが入管と間違われ中々伝わらず、とりあえず入管へ行かせてから再度友好橋を指示した。まあそんな奴おらんよな…。方向はそこまで違わないが、50+50バーツの予定のところ80バーツ出したら負けてくれた。

メコン川を跨ぎ緩衝地帯のど真ん中へ進む。CCTVが設置されておりこの奇怪なオタクの存在は確実にマークされたはずだ。

133列車はノンカイで国境越えのためホーム上にイミグレが設置されている。ここを超えて再度列車に乗車するため、30分以上の停車時間がある。イミグレを終えてから出発になるので、高確率で遅れる。

本命はカムサワートからの返しの148列車なのだが、その間国境でピストン輸送に従事している元京都市営バスの日野シャシや西工シャシを撮るのも目的である。しかしなかなか市営が現れず、しばしば運用に入らないこともあるようなので今回はハズレか…?と思っていたところ、緑の車体が現れた。ファインダー越しに安堵した。

ラオス側の中国資本の流入は著しい。一帯一路構想でラオス国鉄道も進出しているし、アイデンティティの半分は中国といっても過言ではないかもしれない。背景のICBCの主張が激しい。

それで185番がしばらくピストンされていたが、間合いで1時間程度来なかったり、流動的な様子である。既報では3台程度の運用があるとされているが、3時間程度周辺をウロウロする中で、今回は185番しか運用に入っていない様子であった。そうこうするうちに148列車が戻ってきた。

残念ながら、無風。直後にバスも来た。

入管まで戻り、市営バスでラオス入りとした。

基本的にドアは閉めずに運用され、これがラオススタイルである。数分でラオス側の入管へ到着した。

案外流しのタクシーがいなかったので、Locaでタクシーを呼びタナレーン駅へ移動する。

既報ではかなり放置されていたようだが、雨が降らないからか相当綺麗な状態で保たれていた。後ろのコンテナがフル積載で塗装もあいまってユーロライナーを思い出した。

市内へ移動するためにLocaで配車する。留置されているDD51を見に来たなどとは到底思わないドライバーは怪訝な顔をして降ろして去っていったが、このジャパニーズ・デンシャ・オタクが再度呼びつけることになるとはつゆ知らず、同じドライバーと30分ぶりの再会を果たした。それなりにLoca上はアクティブなタクシーが表示されているのだが、当該ドライバーが商売熱心なのかサジェストされた行き先を秒で承認しているのだろう。

ただただ炎天下の中を歩くだけの不審者となり、すぐに撤退した。2022年を過ぎたころから荒廃が進んでいる。

そしてこれが昨年。行っておいて良かった。

ITECCから歩いて15分程度にある銭湯。ラオスに風呂文化があるということに驚いている。Asean mallの中に入ってるので入り組んだ路地を行く必要があるが、モールというより雑居ビルの集合体に屋根被せたような施設で、自動車部品関係のオフィスと工場が多く入っているので、ショッピングモールを想像して行くとそれには程遠い。

つい長湯してしまった。タクシーを呼ぶ。

水族館シャトル時代は施設持ちで運賃タダなんだとばかり思っていたが、ちゃんと運賃徴収していたらしい。そういうことだったのか。

入管で一旦下車・乗車をくり返しているのでノンカイのバスターミナルまで2時間半もかかる。タイ側の入管を抜けて、そのまま解散する客も多くみられた。運賃は42000LAKもしくは50Bで昨年来さらに値上げされた。f:id:series189:20251130162558j:image

ノンカイ駅からはかなり離れておりタクシー圏内となるが、駅前には何もないのでノンカイで遊ぶならバスターミナルのあたりになる。

飲食店も多く立ち並んでいるので食事をすませてバイタク*6でノンカイ駅へ。2夜連続の24系寝台でバンコクへ戻る。計画ではビエンチャンからホーチミン経由で翌朝日本へ帰る予定だったが、当初133列車の寝台券が取れず、翌日の134列車の寝台券を持ってキャンセル待ちを考えていた。しかしなかなかキャンセル待ちが出ず、有休を1日追加して往路は25列車の寝台特急ノンカイ行きとする予定であったが、間もなくキャンセル待ちが出たので往復ともに24系寝台となったという経緯である。

クーラーが効きすぎて強冷房、いや冷蔵車になり果てた24系で今日もバンコクを目指す。簡易リクライニングシートの並ぶ座席車は急行はまなすをほうふつとさせる。

十分すぎるほど乗車すると、感動が薄れてくる。急行はまなすのカーペットに初めて乗ったとき、初めてムーンライトえちご高崎駅の急行能登の待ち合わせでホームに出た時、初めてムーンライトながら大垣ダッシュした時は、筆舌に尽くしがたい感動を覚えたのを記憶しているが、3回目くらいから何も思わなくなってきたことを思い出す。もうしばらく24系はお腹いっぱいです。

アユタヤのあたりで車掌に起こされる。定刻通り動いているようだ。寝具を片付けてもらった。向かいの寝台は今回の貸し切り参加者で、案外後旅程でしばらく出国しないオタクも多かったようだ。ウドンタニ観光をしていたそうであった。

ドンムアンに定時着。日中の成田行きで帰国した。

*1:ここが一番大事です

*2:営利的な募集型・企画型旅行ではない

*3:掲載未定。おそらく書かない、書きたい気持ちははある

*4:しかし何度も見ている

*5:しかも価格帯的に富裕層がターゲットになっている

*6:ノーヘル2ケツ

【NRT→SIN→ATH】中距離LCC乗り継ぎ【Scoot】

COVID19蔓延下で下火になっていた中距離LCCだが、復興の兆しがある。代表格のシンガポール航空傘下のScootが運賃48000円の成田発アテネ行きを販売していたのでeチケットお客様控え発券と相成った。

 

中華系やアエロフロートの実質的な消滅で高止まりしている欧州方面航空券、かつての驚安の感はないがScootのシンガポール乗り継ぎが日程によっては3万台からの発売で、欧州方面最安値となることが多くなってきた。

 

もっとも、LCCらしく機内食やらの提供は一切ないので、選択肢として積極的に挙がるかと言われると、それは"限界旅行者にとっての選択肢としては"の曰く付きではある。

 

まずは成田へ。

f:id:series189:20230513170952j:image

神奈川県西部からだとTR809便の手続きに微妙に間に合わないので、今回は成田空港温泉に宿泊。カプセル1泊4000円だが、入館料を考えると3000円くらいになるかもしれない。

 

f:id:series189:20230513170728p:image

前日になって送られてきたメールの表題がChange of flightだったのでめちゃくちゃ焦ったが、機材繰りでポケモンジェット飛ばないよというしょうもない連絡だった。おいー。

 

温泉を出て、空港周辺の道路からJRバスで第1ターミナルへ向かう。芝山千代田から東成田に向かう手もあるが、バスがあればバスが早い。200円。

 

TR809便 成田→シンガポール B789

 

f:id:series189:20230513170813j:image

カウンターは結構並んでいた。オンラインチェックインしても搭乗券は紙で受けとらなければならず、オンラインチェックインの意味はない。これは控えめに言ってクソ。

7時半から列に並んで保安検査通過したのが8時過ぎ、35番ゲートまでひたすら歩かされて朝飯を調達するなどしているうちに間も無く搭乗開始となった。

 

f:id:series189:20230513171119j:image

乗り継ぎを伴わない単純なシンガポール=東京線としての需要は多いようで、マレーシアなどのパスポートを所持した乗客は多かったが、日本人はまだまだ以前のような多数派を占める様子ではなかった。

 

f:id:series189:20230513171217j:image

単通路ばかり利用していると沖止めではなくちゃんとブリッジがかかっていることに感動する。

 

f:id:series189:20230804214854j:image

ボーディングミュージックはポケモンのオープニングテーマの無限ループ。

中距離LCCの乗り継ぎは感染症蔓延前でもやったことがなく、ベトジェットの成田=ホーチミン・ダナン線やエアアジアの成田=ドンムアン線くらいしか長めの距離を利用したことはなかったと思う。シンガポールまではそれらと大して変わらないので、タブレットを見たり寝たりしながらシンガポールへ到着。

シートピッチは790mmだがリクライニングもするし、7時間ならまだ耐えられる。後方41列に着席していたが、何より機内が静かでノイズキャンセリングイヤホンで快適に過ごすことができた。787の静粛性には何度乗っても恐れ入るな。

 

TR712便 シンガポールアテネ B788

現地時間午前3時までトランジットがあったのでジョホール入国を果たした。事前の下調べ不足もあって本来バスで越境するところを徒歩で海峡を渡る羽目になったりとグダり散らかしてはいた。

 

f:id:series189:20230513171019j:image

それでもなんとか越境には成功し、東南アジアの雄たるマレーシアの代表的商業都市の様相をこの足で確かめることはできた。

観光地ではないので特段見るものはないが、ジョホール水道を渡ってごちゃごちゃしたマレーシアに陸路で移動するとよりアジアに来た実感が湧く。

しかしうまいものが食える店というのは都合よく見つかるものではなく、"食える"レベルの飲食店しか見つからないのはアジアの一種のアイデンティティでもあり、JBとて例外ではない。

f:id:series189:20230513170916j:image

 

シンガポールは綺麗な横浜だということは何度も言っているが、6年越しのシンガポールもやはり以前と変わらない横浜を醸し出していた。f:id:series189:20230513170843j:image

 

プロムナード・ステーションから0:46に出る(はずの)36系統チャンギ空港行きはなぜか定刻になっても来ず、Google mapの無能ぶりが遺憾なく発揮されてしまう*1。それで仕方なくGrabやUberでタクって空港行きを果たそうとするも全くタクシーが捕まらず、20分ほど彷徨って辛うじて流しのプリウスを拾うことに成功してチャンギへ向かった。

これで捕まらなかったらワンチャンアテネ行きを逃していたかもしれない。そもそも限界旅程とバスの組み合わせはもはや禁忌に近いのだが、経済的合理性がバスを選択させてくるのでいつもこのような綱渡り的な限界旅程となってしまうのである。バスはいけない。

 

f:id:series189:20230513171251j:image

夜も更けた2時、空港も静まりかえっている。

 

f:id:series189:20230513170717j:image

C13ゲート付近はアテネ行きの限界旅行者で溢れかえっている。ベンチはほぼ埋まっているので保安検査開始の時間まで他の場所で粘っていた方が良いだろう。

 

f:id:series189:20230513171151j:image

飲み物は捨てなければならないが、空のペットボトルに飲料水が補給できる。これを飲んで腹を壊すかどうかは不明である。

 

f:id:series189:20230513171048j:image

28Aのカドをアサインされた。後方がバルクなので席は倒し放題である。搭乗率は9割を超えており、まさに奴隷船の様相である。

 

f:id:series189:20230513170746j:image

洋上の早朝を迎える。bluetoothイヤホンの充電が底をついたこと以外はあまり困ったことはなかった。腹は減るが、むしろ機内食で起こされずに十分に寝れるだけマシかもしれない。定刻でアテネ着。寝ている間に見た夢はもちろんこれ。f:id:series189:20250902160646j:image

 

*1:バスの運行情報はGoogleを過信しすぎると良くない

ラパス・エルアルト国際空港から実はオルロ行き高速バスが出ている話

オタクがウユニに行かないせいで、というかむしろ正常な旅行が多すぎてハック的な情報が不足しているこの界隈。

セシさんの回答 - こんにちは。今日もっと詳しく調べたところ、エルアルトタ-ミナルからオルロ行きのバスが出てます。... | ロコタビ

正常旅行では各方面高速バスはラパス中心部のTerminal de buses lapazから乗ることになっている。空港からは大抵タクシーで移動することになる。

f:id:series189:20250223011530j:image

あまりにも急ぎすぎてバスの横顔しか写真がない。

実は空港の脇にもEl Altoというターミナルがあってここからも乗ることができるようだ。

全便が経由するのかは不明だが、リカバリ選択肢の一つとして覚えておくと良いことがあるかもしれない(多分ない)。

 

リマにいる時点でプッシュバックが遅すぎて、定刻ドアクローズではあったものの遅延が確定していた。ボリビア入国前から早くも旅程崩壊の危機(実質的には崩壊していたが)に陥っていた。

f:id:series189:20250223011637j:image

遅れLA2400便は4:33にエルアルトに着陸し、4:45に降機した。5:30のオルロ行き*1を予約していたのだが、当然ながら15分で入国審査を終え、なんなくタクシーが捕まったとて、間に合うことすら危うい状況だった。A319の21Fに着座していたので、ほぼビリからのスタートとなった。この時ばかりは前方座席指定するべきだったと心底後悔したが、最近になって旅程を作るのが結構雑になった*2のと、吝嗇な性分のためその様な配慮に至らなかった。しかし心の奥底ではきっと今回もなんとかなってしまうだろうと思っていた。そして矢張り*3実際にそうなった。

 

入国審査は4列で進んでいた。左から外人、中南米ボリビア、クルーと外交官?のような配列だったと思うが、ここで外人列がかなり短いことに気付かされた。ボリビアという国は南米最貧国の一角であり、尚且つ深夜のフライトであったので、空港オペレーションもきっと薄暗いイミグレで1列か、良くて2列の運用だろうと思っていた。最悪手持ちのウン十ドルで誰かを買収し、横入りさせてもらうか、大人しく諦めるかのどちらかだと思っていた。"どうだ、明るくなったろう?"の如く50$紙幣を差し出して“I’m in a huge hurry. Could you please let me go first?” まで頭に浮かんでいたが、階段を降りて明るく照らされたイミグレを見て、即座に"ビタ一文渡さねえぜ!"に思考が一掃された。本当に心が汚い。

 

幸運なことに外人列はかなり空いていた。むしろ中南米列が混んでいて、案外正常者は日中ボリビア入りするのかもしれない。案外、というか冷静に考えて深夜のおかしな時間に運航されているLA2400でツアーを組む限界旅行社があったら再就職先として紹介して欲しい。

そんなわけで10分とかからずにスムーズに入国した。機内で入国カードが配られたが、イミグレ待ち中に記入した。多分3分くらいで書いたと思うが、バックパックの中からボールペンを探すのに3分はかかったためかなりギリギリだった。自分が異常であることに感謝。

 

f:id:series189:20250223020437p:image

Yangoというアプリがある。日本発行のクレカはもしかしたら使えないのかもしれないが、本来クレジットカード払いと現金払いが選べて、UIも使いやすくできている。どうせ深夜の空港なので、ぼったくり業者がウヨウヨアライバルを占有していることが想像されたので、やはりこういう切羽詰まった時はアプリが望ましい。入国審査で呼ばれたタイミングでタクシーの手配を開始し、3分で来るよの表示。空港周辺で芋ってるタクシーが多そうだ。

 

イミグレを過ぎると税関で、X線検査。ヤキモキしながら通過。ダッシュでアライバルの出口へ向かう。高山病のことなど考えている場合ではない。やや待たせながらスズキアルトに乗車。5:06に空港を出る。

f:id:series189:20250223020445j:image

エルアルト国際空港はとんでもない山の上にある。ラパス自体が山の街である。高速に乗って山の下まで飛ばす。2ボリの高速料金を請求された。ガタガタのアルトで100Km/hは一種のアトラクションに近い。

f:id:series189:20250223020426j:image

Google mapでは空港→バスターミナルは23分と表示されていたので、5:29着のはずだったのだが、おそらく飛ばしすぎたせいで早く着いた。5:26に降車した。ボリは持っていなかったので、USD支払いとした。公定レートは6.8とか6.9くらいだったが、ボリビアでは闇レートが存在し、10-14程度で取引される場合があるようだ。アプリでの運賃表示は40ボリだったので、空港の駐車場代と高速料金で50ボリ弱にはなるはずだった。90数ボリ返却してもらったので多分レートは7を超えていたと思う。ドルと同じくらい自分も信用されたい。

 

f:id:series189:20250223020431j:image

すでにチケットは代理店で発券済みだったので事務所に行くと3番の座席を指定された。2階建ての一番前の席だった。5:29にバスに乗車したが、バスは5:37頃出発した。おそらく遅れて出るだろう、というのは想定済み。5:35頃までオルロを大声で叫んで集客する客寄せがしっかり仕事をしていた。

 

続く

*1:TRANS AROMA号

*2:熱心に考えている余裕がない

*3:この様な成功体験は経験則に強くなれる一方で、根拠のない自信につながり社会性を減退させるため、一般的に良いことではない

リマ・ホルヘチャベス国際空港でドメ→インター10分乗り継ぎは可能

実績としては

CUZ→LIM LA2094からLIM→LPB LA2400 が降機から搭乗口まで約10分だった

という話。

国内→国際乗り継ぎなので、入国審査がない点に注意されたい。

f:id:series189:20250221144352j:image

LA2094はLIM2405着。LA2400の出発は2530なので、2510FCである。その間65分で、LIMのMCTは65分とされている。順当に行けば間に合う計算である。

LA2094はやや早めに着いた。ここ数週では遅延はほぼない。座席は7Aでバックパックのみの基本運賃なので荷物預けなどがあればこの限りではない。

空港が小さいので手荷物を受け取って出国審査が混んでいればそれ(65分)くらいかかるかもしれない。出国審査が5分程度だったので、実質的に空港を歩いたのは5分程度ということになる。f:id:series189:20250221144247j:image

水を買ってソルの手持ちを消費し切ってから27番ゲートに着いた。これから深夜フライトだが、時差ボケでいつ眠いのか眠くないのか分からない。日本時間が残っているようなので多分寝なくてもいいと思う。

ターキッシュエアラインズのトランジットホテルサービスを使った

ターキッシュのビジネスでヨーロッパ往復する機会を得た。一人で旅行するなら奴隷船で良いのだが、同伴者のことを考えて渡欧するとなると話は別である。

 

 

 

東京→マルタ、バルセロナ→東京のOJを往復413000円で購入した。ビジネスの相場感がないが、多分安い。乗り継ぎ時間などの問題のためだと思われる。

東京10:15のTK51だとイスタンブール着は夕方で、そこから欧州方面へ最速で乗り継ぐと最終到着地は深夜着となり、初日はかなり疲れる上に諸事情*1が厄介である。そこで、イスタンブールでトランジットホテルを取って翌朝欧州方面へ飛ぶと1泊分のホテル代が浮くだけでなく、日の出ている時間に移動できるので、ややストレスの軽減になるかもしれない。

f:id:series189:20250203005206j:image*2

 

細かい条件があるので公式を参照されたいが、TK51を使う場合は、ISTから最終目的地への路線で、その日の最終便のIST発が17:55以前であれば基本的には該当する。相場より安い航空券がヒットすれば、行きか帰りのどちらかは少なくともover nightの旅程になっているはずなので、大体該当することになるだろうが、高頻度路線では空席がないために長時間トランジットを余儀なくされる場合があるので、その場合は該当しない可能性があることに注意が必要である。

www.turkishairlines.com

ストップオーバーの選択肢もあり、当局も積極的に観光を推奨している。この場合ビジネスであれば2泊分を付与してもらえるので、少なくとも数万円が浮く計算になる。

www.turkishairlines.com

いくつかのサイトで紹介されている。2025年現在は事前申請ができなくなり、13番出口付近のカウンターで当日行ってからのお楽しみとなった。ルネッサンスシェラトンヒルトンが割り当てられることがあるが、イスタンブールのリッツカールトンを見ればわかる通り、五つ星とは言っても本邦のフェアフィールドやフォーポインツをイメージして行く方が相違ないだろう。

travelling.hatenablog.com

また市内まで連れて行ってくれるかは分からず、空港から20-60分程度の立地にある郊外の外資系が割り当てられることもあるようだ。長時間フライトの後に遠いところへ連れて行かれるのはややしんどいが、連続で乗り継ぐよりは多少マシと思う。

今回はどこぞのシェラトンエセンユルトなるホテルに収容されたが、オペレーションは良くも悪くもトルコらしい感じ。トルコの雑多な郊外の風景を見たり、ワーゲンのバンで高速道路を爆走したりする様子で同伴者が不穏になることが想定される場合は辞めた方が良いかもしれないが、本質的な内容よりもシェラトンの名前に安心できるキャラクターであれば一連のサービスは大変好都合である*3

https://maps.app.goo.gl/BYzxseBrvaYuWmMXA?g_st=com.google.maps.preview.copy

これまでは事前申請をメールフォームからすれば前もって収容されるホテルが分かったようだが、現在は公式のサービスとしては消滅した。ただ同じバンに乗り合わせた欧米人が違うホテルの予約証を持っているのを見かけたので、お問い合わせフォームから頑張って問い合わせれば存在はしているのかもしれない*4

note.com

 

マルタ行きが7:40発ということで、謎に朝4時にホテルにバンが来て叩き出されることになった。ビジネスクラスだから出国含めても10数分とかからないのだが、空港には2時間前には着いておけということらしい。時差のため大した問題ではないが、もう少しゆったりさせて欲しかった。朝メシが出る時間ではないのでパサパサのパン、りんご1個等が入った紙袋を貰えるが、ラウンジでホットミールが提供されているので食べていない。早朝時間帯はメニューがやや貧弱ではあるが、機内食も出るので小腹を満たす程度で十分すぎた。

f:id:series189:20250201233718j:image

 

食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活をしていたらバレッタに着いていた。有難い。

*1:公共交通機関が終了している、治安が悪い、等

*2:ご飯の美味しいターキッシュエアラインズ。元祖ご飯の美味しいブリカスエアーも是非見習って頂きたい

*3:帰国後に同伴者がこの文献を読んで感想を教えてくれたが、見当違いであったようだ

*4:欧米人は他のよく分からないブランドのホテルを手配されていたのでシェラトンで良かったのではないかと思うが、ビジネスクラスの乗客で地元資本などの名の知れていないホテルに収容されることはあまりないのではないかと思うので、ひょっとすると四つ星などかもしれない。トルコのオペレーションであることを考えればルール通り運用されていなくても全くおかしいことではない

イスラエル・イタリア・エジプト

作成中

 

"歴がある人"は尋問を受けるようだが、我々は至ってスムーズに入国した。

ふたりでふらり ゆるりとぐるり イスラエルの空港で別室送り

 

 

エルサレム旧市街の歩きかた

エルサレム旧市街、夜のユダヤ人地区でユダヤ文化を肌で感じる-イスラエル&ヨルダン旅行記34

 

ベツレヘムは鉄条網に囲われた、退廃的、陰鬱とした雰囲気。

 

日本人の紀行

イスラエルのハイライト的な記事

旅行ブログ(第6回 飛んでイスラエル編 後半​)|ご利用案内|慶應義塾生活協同組合

 

エジプト滞在中にイスラエルパレスチナが開戦

パレスチナ情勢 10月8日~10月9日(日本時間)にあったこと [イスラエル・パレスチナ問題]:朝日新聞